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院生のときに、対照的な二人の卒論生の手伝いをした。近所の工科大学の学生たちだ。
ひとりは人なつこく、二十二とは思えないほど如才ない。就職の内定をばしばし取ってくる。
もうひとりはイエス/ノーも首の動きだけで示すほど内気。強いて意見を求めると、隣にいる積極的な彼に何かぼそぼそ言い、代わりに説明してもらう。内定は全然もらえていなかった。

私はその二人を実験協力者のところに連れて行き、「じゃあこの人にシステム使ってもらってインタビューとかしましょう」と言った。
私はそのとき何も考えていなかった。それが私の研究に必要で彼らの卒論にもなるから頼んだだけだ。
それから積極的な彼には消極的な彼の伝言板にならないでほしいと言った。それも狙いがあったわけではなくて、見ていてなんだか不愉快だからというだけの話だった。
実験協力者には事前に学生たちの性質について説明し、多少の失礼は許していただけないだろうかとお願いしておいた。
慣れるまでは横で見ていて、慣れたら後ろで知らん顔をしていた。インタビューメモも自分でとらなくて良いしラクだなあ、と思っていた。

そうしたら消極的な彼が、挨拶をするようになった。帰りにはありがとうございました、なんて言う。
とても驚いた。
それから彼は、実験協力者にはなじみのないコンピュータ用語を言い換える表を作ってきた。見ていると、挨拶も話す内容も全部事前にメモにしていた。もちろんその様子は不自然なんだけれども、不自然であることはとくに問題にならなかった。
いつも曖昧な微笑のような表情だったのが、そうでない顔も見せるようになった。
そのうち人の目を見て話すようになった。
その後はもうコミュニケーション能力うなぎ登りで、あっというまに「朴訥な若者」くらいの感じになった。
わずか半年間のことだった。

いったいなんでまたそんなに劇的に変貌したのかと訊いたら、どうやら何度か会った実験協力者たちが良かったらしい。
一人はやさしそうなおじいさんで、なにかというと楽しそうに笑う人。その次の一人は世話好きの中年女性で、なにかというと偉いわねえ、たいしたものねえ、と感嘆する人。
怖くないからがんばれた、それに実験が終わったら会わない人だからがんばれた、そうしたら自信がついた、という。

それから、私が自分の大学の所属ではなく、「まあ適当に努力すれば○○先生(彼らの指導教授)は卒業させてくれるよ」などといいかげんなことを言っていて、しかも職を得られずフリーターっぽい生活をしている若干気の毒な人であったことも、良かったらしい。
偉い人や立派な人は怖かったのだという。それに、自分の生活に強い影響力をもつ人や、共通の知りあいがたくさんいる場で接する相手には、どう思われるか気になって仕方なかったのだと、そういう意味のことを言う。

彼の生活の大半は、授業やゼミへの出席と、家族や少数の友人との時間と、ひとりでいる時間で成り立っていた。匿名的でない形で彼と接する相手はみんな彼にとって重要な人物で、どうでもいい相手がいなかったのだ。
どうでもいい相手がいないといろんなことが練習できない。どうでもいい相手と気楽に接するというのは、たいへん重要なことだ。

「情報系の企業としては、技術力はそこそこで良いからコミュニケーション能力のある学生がほしい」という話を聞く。
企業が欲しがっているのは、人生をよりよく生きるための汎用的なコミュニケーション能力などではないと思う。それがある学生がいればとても欲しいだろうけれど、そこまでは求めないだろう。
「上司や同僚や顧客の言うことがそこそこ理解できる」「上司や同僚や顧客をそれほど不愉快にさせず業務を遂行できる」という程度の能力があれば、おおむねOKなんじゃないだろうか。

それなら実習で知らない人に揉まれる機会があると効果的じゃないかと思う。
適切な相手と、適切な場でやりとりする機会を用意し、何かあったら教員が責任をとる。それを情報技術の習得のプロセスとしておこなう。
そういう実習をやればいい。
ソフトウェア開発やシステム構築を学ぶ学生に対して、フィールドを用意しておく。そしてあちこちに需要調査やテスト操作やユーザ評価を入れる。

それを経験すれば仕事で必要な意志の伝達も上達しやすいんじゃないかなと思う。直接的な効果としては、非専門家向けの話し方なんかも身につくだろう。
相手はやさしげな人ばかりでなくてももちろん良い。極端に怖がりの学生にはそういう相手のほうが適当かもしれないけれど、学生の実習を受け入れてくれるだけの余裕のある人なら、どんな性質でもかまわないと思う。バリエーションがあること自体が望ましいことだ。
それで歴代の学生集団が実験協力者たちの望むソフトウェアを作ったり、システムをメンテナンスしたりすれば、一応のお礼にはなるだろう。

件の内気な彼は、仲間から少し遅れて内定をもらい、にこにこ笑って出て行った。

なんてすばらしい。